非常勤講師の体験

 くりんたは、今の職に転職する直前、倒産処理の部署にいた。当時は、破産法大改正やDIP型の民事再生法の立法など倒産法制やその実務運用は、改革のまっただ中にあった。
 そんなこともあってか、くりんたは、あるロースクールの破産法の非常勤講師にならないかと打診があった。転職してからは初めての講師役だったので、くりんたは、快諾した。
 講義に使用する教科書(基本書)は一番有名なもの(著者はある司法試験予備校校長と似た名前)を指定した(ボーと読んでいても、後述の如くくりかえしが多いので、頭に残ると感じた。)。
この点が、まず、ロースクール生に評判が良くなかった。分厚いというのである。
しかし、法律の教科書は、信頼できる著者によるものならば、案外、分厚いほうが独学も可能なほどわかりやすいのである。
分厚いのがわかりやすいというのは、この手の基本書においては、まず、大まかな当該法の理念・趣旨の解説から始まり、後半になってくると、いろいろな制度・論点やその相互間の関係の説明の箇所で、理念・趣旨との結びつきを繰り返して解説し、利益の調整を説明してくれているからである。
 さて、破産法は、民法や商法の特別法であり、また、民事執行法の特別法でもあるが、司法試験では点が取りやすい科目だと思う。
我が母校T大学法学部では、破産法については、「民事法の奥の院」として、民事訴訟法3部で講義が行われていたものである。
 そこで、くりんたは、受講生の興味を少しでも引き出すため、実際に使用する破産事件の書式も持ち込んで講義をした。
 しかし、学生の不熱心さは、あいかわらずで、基本書に対する上記の不満だけではなく、全体として覇気がなく、かつおもしろくなさそうで、残念ながら、受講に熱が感じられなかった。
たとえば、改正法で整理され論点の少なくなった否認権や相殺権の予習もしてこないのである。
 結構、事前準備をして、くりんたは講義をしたつもりであるが、このロースクールの受講者には、T大学法学部の最前列の学生のような人は一人もいなかった。
 残念であったが、当方の講義の仕方にも問題があるのかとも思い、試験の答案に優をたくさん付与した。
 しかし、あのような記述の答案を起案した学生に対して、T大学法学部の教授たちならば、たちどころに、「不可」の評価をしたであろう。